大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和25年(オ)172号 判決

論旨は要するに本件買収計画当時上告人の住所は兵庫県津名郡生穂町にあつたと主張するに帰する。

生活の本拠を以て住所と解すべきことは所論のとおりであるけれども、原判決の確定するところによれば上告人は大阪市において十数人の雇人を使用して金融並に建物売買業を営む株式会社丸越商会を経営し、大阪府豊中市所在の同人次男宅から右営業所に通勤し、妻も右次男宅に同居しており、生穂町には月二、三回数日間帰るだけである。其の他原判決の確定する各般の事実に基き原審が上告人の生活の本拠は前記豊中市にあつたものと認めたのは違法でない。上告人が昭和二一年一〇月生穂町の主要な人々を招いて帰郷挨拶の宴会を催し、同町で配給物資の配給を受け、選挙権を持ち、町民税を納めていた事実も原判決の確定するところであるけれども、住所所在地の認定は各般の客観的事実を綜合して判断すべきものであつて、これらの事実があつたからと言つて、同町に上告人の住所があるものと認めなければならないものではない。もとより論旨もいうように特定の場所を特定人の住所と判断するについて、その者が間断なくその場所に居住することを要するものではなく、又単に滞在日数の多いかどうかによつてのみ判断すべきものでもないけれでも、所論のような客観的施設の有無によつてのみ判断すべきものでもない。要するに原判決の確定した事実に基いて上告人の生活の本拠を考えるときは原判決が上告人の住所を豊中市にあつたものと判示したのは相当である。論旨はその他上告人の住所が生穂町にあつたものと認めるべき事実についてるる述べるけれども、原判決の認定しない事実又は認定に反する事実に関する主張は採用することはできない。

以上説明するように本件上告は理由がないから民訴四〇一条、九五条、八九条に則り裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判官 井上登 島保 河村又介 小林俊三 本村善太郎)

上告代理人弁護士南利三の上告趣意

第一点 原判決は其の理由に於て「控訴人の生活の本拠はその生活の手段である営業の中心であり、且つ妻と起居寝食を共にし、家庭生活の中心である前記豊中市所在の次男鍵岡陽方にあるものと認めるのが相当である」と認定し、更に「尤も成立に争のない甲第一二号証及び前顕控訴本人の供述によれば控訴人がその物資の配給籍を生穂町に移し、且つ昭和二一年一〇月一九日生穂町内の主要な人々を招いて帰郷のあいさつの宴会を催したことが認められ、また控訴人が本件買収計画の定められた当時生穂町で配給物資の配給を受け、選挙権をもち、町民税等を納めていたことは当事者間に争のないところであるが、これらの事実は前段認定の事実及び物資の配給籍が単なる届出により住所の実体と関係なく容易に移転し得ることの顕著な事実に対比して考えると、控訴人は右生穂町の家を形の上で自己の住所として形式上生穂町の住民となるためになされたことであり、その結果これに基いて町当局や税務官庁等が控訴人を同町の住民として扱つたものと認めるの外なく、従つてこれ等の事実は控訴人の住所が生穂町にあると判定する根拠となし難く、また成立に争のない甲第四、第九号証、第一一号証の一、二はいずれも決定的根拠のない第二者が控訴人の住所に関する判断を表示した文書に過ぎないので敍上認定を左右するに足らず、その他右認定をくつがえすに足る証拠がない。従つて前記生穂町農地委員会が別紙目録記載の田地について、その所在地である生穂町内に住所をもたない」と判示せられたのであるが其は民法第二十一条及自作農創設特別措置法第三条所定の住所の解釈を誤つた重大なる違法あるものである。

即ち自作農創設特別措置法第三条所定の住所は民法第二十一条に規定する住所を指称するものであつて民法第二十一条には各人の生活の本拠を以て其の住所とすと定めている。

然して住所は一般的家庭生活の中心を為す場所であつて当該人の住所が何処に存するや否やは諸般の具体的事情に因つて決しなければならないが、少くとも主観的には当該場所に於て日常生活を為す意思を有し客観的には日常生活を営むに適する設備の存することを要件とする。

本件に於ては上告人の実父政吉が昭和二十一年六月十九日死亡し、上告人は家督相続人であり、且つ上告人の主たる資産が郷里に存在するを以て遂に意を決し、祖先の地である兵庫県津名郡生穂町中ノ内一四四二番地ノ一に転入手続を為すと共に生穂町住民に対し千数百枚に亘る転入の挨拶状を発送し、更に同年十月十九日生穂町の有力者百数十名を招待して永住意思の披露宴を催ほしたことは甲第十三号証並原審証人滝本増也同鍵岡重明同堀口専一同長沢喜三郎の各証言及上告人の第一審第二審の訊問調書に徴し極めて明白であつて、之等は上告人に於て生穂町に居住するの意思を明確にしたものであることは疑う可き余地がない。

爾来上告人は日常生活に必要なる調度品等一切を大阪市より生穂町に搬入し、家屋を修理したり自己の趣味に適する洋式応接室を建設したり又生穂町に於ける社会上の交際を為し公租公課を収め、選挙権を有していたことは之れ又甲号証並原審証人鍵岡重明及上告人の第一第二各審の本人訊問調書に基き認め得らるゝ処であつて以上の事実は所論客観的に上告人の日常生活の中心と認めらるゝ具体的事実の表現である原審は前記事実を認め乍ら、上告人の妻が上告人の二男である陽の妻が子女を分娩するに当り単に手伝いの為め一時的に陽方に起居せること、上告人が一ケ月の内大阪に比較的に多く滞在せる事実に藉口し以て上告人の住所が豊中市の二男陽方に存するものであると認定したことは証拠に基かずして為したる独善的判断であるか、若しくは住所の解釈を誤つたものである。

住所は日常生活の中心の場所であるが、固より間断なく其の場所に居住することを要件としない。従つて月間若くは年間を通じて其の居住の日数に応じて其の滞在日数の多い場所を以つて住所と判断することは蓋し相当ではない。

要は其の人の生活の中心と認めらる可き客観的施設の有無にあると謂わなければならない。

上告人の関係せる株式会社丸越商会は其の本店営業所を大阪市に有し、生穂町より約二時間内外で到達する地点にあり会社営業所と生穂町とはさ程遠隔の地ではない。従つて生穂町より会社に通勤することは敢えて困難ではないが社務の関係上、時には便宜営業所若くは豊中市の陽方等に於て宿泊することがある。併し乍ら上告人に於ては常住の意思なく又客観的には上告人の生活の本拠と認む可き自然的社会的施設は毫も存在しないのである(証人宮部セイ及鍵岡重明の各証言及上告人の本人訊問調書参照)。

又上告人の二男鍵岡陽は豊中市に別居し、上告人とは生活関係が全然別個のもので上告人の家族は其の妻並長男重明夫婦及其の子女を以て一世帯を構成しているもので、上告人の生活関係の中心は右家族の居住の場所であり、諸般の生活様式の整備せる生穂町に存し豊中市の鍵岡陽方若くは会社営業所は一時的居所に過ぎないものである。

果たして然らば原審は既に住所の解釈を誤つた違法あるもので、爾余の判断を俟つまでもなく到底破毀を免れないものと信ずる。

以上の理由に因り相当の裁判を求める為め上告趣意に及ぶ次第である。 以上

(目録省略)

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